「東亰異聞」

今更だけど小野不由美さんの「東亰異聞」を読んだ。読み始めではあまりノリよく入り込めずに、それでもダラダラと進めていたが、途中で遅れて出てきた主要人物(中畑直)の登場によって文字通りパアッと光がさしたように世界が立ち上がった。彼の初めのセリフ、そこに出現した一行の前後でわたしが見た世界の現実感の落差があまりにも大きく、かつて味わったことがない不思議な体験だった。
あとは立ち上がった世界をじっくりと味わい、最後のオチ、明と暗、常識で良いとされていることが実はその世界(東亰がある日本=それが象徴するこの日本=わたしの現実)にとって最悪であるとわかるどんでん返しが絶妙で、そのそれぞれの立場についてどこを基点にするかによって反転する「良い」と「悪い」、まさに万華鏡のようにキラキラしくめくるめく、思考が眩惑する感じに浸った。
水に沈み変わり果てた帝都がまたうつくしいこと。そしてそこに生き残った人々のたくましいこと。哀しみも希望も同時にあるラスト。いい感じだった。やはり小野不由美さんが好きだなー。文章表現にも内容にもしなやかで繊細な感じと重厚さが同時にあるのがいい。現実の歴史上の事実を総動員してそれに異なる意味を持たせ、そして作品の中で理屈として完結している。でも理屈っぽさに偏らず、そこからこぼれる情緒も味わえる。理想的だー。